2016年のイタリアの「飢えた時、食べ物を少し盗むのは罪ではない」判決が、2019年の日本で話題となった理由




「飢えた時、食べ物を少し盗むのは罪ではない」

2016年にイタリア最高裁が下した「飢えた時、食べ物を少し盗むのは罪ではない」という判決について、ハフィントンポスト(The Huffington Post)が記事を書いています。

「何も食べられないような苦しい状況で、少量の食べ物を盗むのは犯罪ではない」という判決が、イタリアの最高裁判所で下された。

ホームレスのロマン・オストリアコヴさん(36歳)は、2011年にイタリア・ジェノヴァにあるスーパーマーケットで、1本のソーセージとチーズを盗み、逮捕された。

彼はスティックパンの支払いをしようとしながら、約500円相当のソーセージとチーズをジャケットの下に隠していた。気付いた客が警備員に知らせ、逮捕された。そして2013年、有罪判決が下され、懲役6カ月の実刑判決が言い渡された。

「飢えた時、食べ物を少し盗むのは罪ではない」イタリア最高裁の判決とは | ハフポストより引用)

こちらの記事が出されたのは、2016年5月のことです。




弁護士がツイッター上で紹介

2019年1月、神原元弁護士がツイッター上で上記の記事を紹介しました。

こちらのツイートは、1500件を超えるリツイートと、3000件を超える「いいね」を獲得しています。

神原弁護士のツイートに対し、次のリプライがありました。





期待可能性の理論

期待可能性(きたいかのうせい)とは、刑法の法律用語で、行為の当時、行為者が適法行為を行うことを期待できることをいいます。

より具体的には、構成要件に該当する行為を違法に行った者について、適法な行為を選択できる可能性、という意味であり、適法行為の期待可能性ともいいます。

(参考:期待可能性 – Wikipedia

最初に取り上げたイタリアの万引きのケースで考えます。

期待可能性の理論によれば、お金がなく飢えに苦しむ人は、お金を払って食べ物を購入するという選択をできないため、食べ物を盗んでも罰を受けない、という結論が導けます。




可罰的違法性論

可罰的違法性(かばつてきいほうせい)とは、個別の刑罰法規が刑事罰に値するとして予定する違法性のことです。このような可罰的な質又は量の違法性を有しない行為は構成要件に該当しないか該当するとしても処罰に値しないというべきであるという主張(可罰的違法性論)において提唱された概念であり、量的な意味での可罰的違法性については日本の刑法学界において広く承認されています。

軽微な犯罪については実体法上の犯罪自体を構成しないとする側面(実質的違法性の問題。量的な意味での可罰的違法。)と、民法や労働法において違法とされる行為についても刑法上は違法とされないとする側面(違法の相対性の問題。質的な意味での可罰的違法。)とがあります。

(参考:可罰的違法性 – Wikipedia

最初に取り上げたイタリアの万引きのケースで考えます。

可罰的違法性論によれば、窃盗をしたとしても被害金額が僅少なら罰を受けない、という結論が導けます。

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